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携帯落とした

週末は宮崎の後輩の結婚式
金曜の夜、午前2時まで仕事をしてそれから2時間仮眠
土曜の朝の環七を飛ばして羽田へ
目指すは南国シーガイア
飛行機でやっと熟睡
だがつかの間だ

強風のため、飛行機が揺れるゆれる
着陸時にタッチ&ゴーなんてゆうプロのワザも見せてもらった
何度も飛行機に乗っているがこんなスペシャルテクニックを披露されたのは初めてだ
(だいぶビビった)

昼からの式、披露宴、マイミクのちかぶーさんの結婚式だったが
太平洋を一望できる素敵なチャペルでの式も最高だったよ
「さ〜指輪の交換です」
神父さんの声に勘違いしたちかぶーは何故か新婦のベールを上げて
誓いの口づけに…
全然笑えません…
だいぶ昔に僕も結婚式で同じ事をしてしましいました…
緊張するんです…

ちかぶーさんは宮崎の飫肥(おび)で蔵人をしてます
その関係で沢山の焼酎関係者であふれてました
私のテーブルには宮崎の日高酒店さん、ジーンズキッチンでも扱ってる
萬年の渡邉酒造さん、焼酎大好き芋っこ倶楽部のてるよさん
豪華なメンツです

二次会三次会も宮崎市内で旨い酒を飲み夜中までです

目が覚めたらホテルのベッドの中でした

シャワーを浴び、チェックアウトしスーツケースを転がし朝飯を食べようと市内へ繰り出した

ポケットを探ると携帯が無いのだ

どこへいった??

公衆電話を探し自分の番号を鳴らしてみる
確かに鳴っている
午後から都城の蔵へ遊びに行く予定なのだが電話も出来ない
知らない街で一人ぽつんと立ちすくむ
頭の中は真っ白だ
時計も無いから時間も分からない
とりあえず携帯を止めなければならないが
どこにショップがあるのか…
落ち着かなくてはと、コーヒーなんか飲んでみてもダメだった
幸いソフトバンクのショップが見つかり止める事はできたし、
都城の蔵にも連絡が取れて行けなくなった旨を伝えられた

東京に着いてから泊まっていたホテルから連絡がきた
「携帯落ちてましたよ。宅配便で送りますね。」
絶対に飲み屋で落としたのだと思っていたから助かりました
飲み過ぎ注意です
2〜3日は携帯使えません
メールや電話はお店の方にお願いします

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コメント、メールありがとうございます

色々な方から沢山のメールやコメントを頂きました
ブログに書き込んでくれた方、MIXIからのメッセージ、直接のメール…
本当にありがとうございます

どうやって、あなたと出会えたのか不思議でなりません

誰かの紹介だったのか、それともたまたまお店の前を通っただけなのか
噂をどこかで聞いたのか…

でもこんな風に知り合えた事に感謝しいてます
あなたに出会えて本当に嬉しいんです!

まだ直接お話をしたこと無いかもしれません
でももう少しあなたの事を知りたくなりました
こんなに支えてもらってるんですもの

今度いらした時は是非お名前を教えて下さいね

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お待たせしました

100名の方、当選おめでとうございます

ジーンズキッチン10周年記念お年玉企画
総額100万円プレゼントにご応募下さりありがとうございます

大変おまたせしました
1月31日の締め切りを待ち、厳選な抽選を行い、本日やっと発送の運びとなりました

ところでなぜお店を出すようになったかお話してもいいですか?

実家で両親が飲食店を経営していた事もあってか、物心が付く頃には飲食店を持ちたいと思っていました
高校を卒業する頃にはしっかりとその夢が心に根差していたのです
28才にはお店を持つぞ!と
ですが卒業後、すぐに飲食関係には付かず他の道を選んだのです
もともと料理が好きなのだから、始めればすぐに覚えられるとタカを括ってました
なので、もう一つの興味のあった事、語学の仕事に付いたのです
高卒で語学系の出版社に就職したのです
「居酒屋という業態において、人と会話が出来なくてはいけない」
「ある程度世の中を知らなくてはいけない」
そんな思いもありわざと別の道を選んだのです

働きだして一年ちょっと、19才の夏、突然父が亡くなりました
就寝中に突然死んだのです
検死では急性心不全とのことでした
(いまから思えば無呼吸症候群だったと思うのですが…)
父の背中をみて育って、将来は別の形で父に褒めてほしいなんて思っていた当時
あまりにショックな出来事でした
母はもう一人では仕事を続けて行けない、手伝って欲しいと泣きついてきました
そこで会社を辞め、母と二人で実家の店を切り盛りしていたのです
しかし、一年もたたないうちに母から決別を申し渡されました
まだまだ20才の若造です
30年近く商売を続けて来た母からは若造のやり方は受け入れられません
「もう自分には飲食の世界は無理なのかな…」
その頃、ちょうど良く先の出版者から戻っておいでとの誘いがありました
迷わずに甘えさせてもらいました

営業の仕事を続けつつ、いつも胸の奥で何かが燻っているのです
「やはり店が持ちたい!」
その気持ちはウソではなかったのです
理由を告げ、25才で会社を辞め料理の世界へやっと入ったのです
今から始めれば30才にはどうにか出店できる
小さな割烹とホテルでそれなりに仕事を覚えさせてもらって勉強して来たつもりでした
でも料理ができるのと経営をするのは全然違うものなのです
たいした貯金もなく、信用もなく、並はずれた技術があるわけも無い20代の人間に
どんな銀行がお金を貸してくれるのでしょう

出店の1年前には自信を無くし、ニートになっていました
自分には何も出来ないんだ。と塞ぎ込み3ヶ月も家から出ない生活をしてました
そんな時妻から「働いてくれないと生活ができない、貯金ももうすぐなくなる」
と言われ、仕方なく色んな会社に面接を受けに行きました
もう料理の仕事は嫌だった。できれば、出版系の仕事に戻りたかった
でも、履歴書には飲食店の名前が書いてあり、行く先々の社長さんから
料理を続けなさいと諭されどこの出版社からも採用は来ませんでした
そしてしょうがなく飛び込んだ歌舞伎町の居酒屋で働く事になったのです
そこで目が覚めました

色んな人に会い、教えられ、自分でもできると背中を押されたのです
すると不思議な事に偶然が飛び込んで来たのです
中学時代の同級生にばったり会い、話を聞くと実家の不動産屋を継いでるとの事
「店を持ちたい」そんな話をしたらとんとん拍子に物件を探して来てくれたのです
そのうちの一件が武蔵関でした
不動産屋の社長が銀行とのパイプ役になり融資の話もまとまったのです
同級生と二人で図面を描き手作りでお店を作り
平成10年にオープンする事が出来ました

オープン当時のスタッフはまだまだ20歳位の学生バイトで毎日試行錯誤しながら
どうしたらお客さんを喜ばせる事が出来るかばかり考えてました
(今でも同じ日々を送ってます 苦笑)
皆さんが喜んでくれるのが僕らの幸せなんです

しかしこの十年の間にスタッフが辞めたり、気力が無くなり何度も畳んでしまおうかな
なんて事も考えた事がありましたが
本当に皆様があって応援されてやって来れたと思うのです

ありがとうございます

のんびり夜ごはん、好きなフレーズなんです
友達んちに来たみたいにお酒を飲みながらのんびりして下さいね

お食事券はお一人に5枚なのでご自分で使われても、お友達に差し上げても構いません
これからの10年もお付き合いさせて下さいね

本当にありがとう

はずれちゃった方も遊びに来てくださいね

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2月になりました

1月はあまりブログを更新してませんでした
理由があります
更新するとお年玉プレゼントの記事が見えなくなってしまうからでした
そしてライブの宣伝も隠れてしまうからなのです

今日から2月です
お年玉プレゼントの受付も終了しました
すごい応募の数です
抽選するのが大変な作業になりそうです
その後、封筒詰めしてからの発送になります
倍率はそれほど高くないので結構な確率で当たると思いますよ
お手元にジーンズキッチンからの封筒が届くのをお待ち下さいね
ご自分で使ってもお友達に差し上げても構いませんよ

もしも当たらなかったら…

またの機会に挑戦して下さいませ

今夜もお待ちしてますね

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